雑感 155 ~しばし、秋~


 急に35度を下回り、明日は9月の気温になるのだとか。ほんのひとときの秋の訪れらしい。

 この夏はほんとに暑かったので、ベランダの植木はこげるように枯れました。孫のaoiちゃんが、お盆でやってきて、「aoiちゃんのおうちのあさがおの葉っぱもみんなこげたようになって枯れちゃったの」と言っていました。楽しみにしていたのに、残念なことでした。

 少し暑さがましになってきてから買ったハイビスカス。これだけ、元気に花を咲かせてくれています。



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 お盆には、お寺のお池には蓮が咲いていました。


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  今年は、八月になってからの戦争に関する番組が、今までとは少しちがっていて、いろいろ新しいことを知りました。

 昭和22年、23年ごろには、パン屋さんやケーキやさんといった、当時としてはハイカラなお店がけっこうできていたようなので、てっきり復帰に向けて国の様子が大きく変わってきた年が昭和22、23年ごろなんだと思っていたけれど、そう単純なものではなかったのだなと知ったのが、駅の戦災孤児の問題でした。

 駅で多くの戦災孤児が亡くなっていったのを目の当たりにして、かろうじて生き残った人たちの話をテレビで観ました。

 空襲で突然家族を失い、子供たちだけで迷惑がられながら駅で生き延びた人たちが当時の様子を話しておられるのを聞いたのです。

 80歳を超えたおじいさんやおばあさんが話されていました。

 最後まで政府は子供たちの救済には手が回らず、何の対策もとれていなったのを、なんとか昭和23年ごろに、アメリカの進駐軍の指導の下、孤児を施設に集めるということがされていったようです。しかし、施設では、子供たちへの暴力があったり、十分な食べ物も与えられなかったりと、施設を逃げ出し、駅に戻る子供たちもいたようです。生き延びるために窃盗、強盗をしたのだそうです。だれも大人たちは助けてくれない中で、なんで自分だけが、という気持ちに襲われて、自殺していった子供もいたそうです。

 今まであまり語られてこなかった話がいろいろ語られていました。

 また、95歳前後の方々からは、戦争に負けたあとすぐにされたこととして、あらゆる戦争中の記録を焼却ということが強制されたことについての話も聞きました。

 戦争責任者を明らかにする資料はことごとく大勢の国民の手を使って、石油をかけて焼き捨てられたそうです。

 最近では、なかなか学校で平和教育が行われてないのか、以前、テレビで、「8月6日って何の日か」という問題に対して、若い人たちが「ええ??何の日だっけ~~」と言っている様子を見て、驚いたこともありました。

 今年のテレビ番組はなかなかしっかりした番組がいくつかあったように思います。

 以前、田中角栄が、「自分たちの世代が政治に関わっている間は戦争は起こさせない。しかし、戦争を知らない世代が政治を行う時代になると、非常に危ない。これからの時代で大事なことは戦争について学習することだ。」と言っておられたのを思い出します。この言葉を聞いた時、田中角栄という人は、いろいろ問題を起こして失脚したけれど、戦争を二度としない政治ということに関しては、信頼できる信念をしっかり持っていた人だったんだということを知ったように思いました。

 だれが総理になるのか。戦争を知らない世代の政治家が日本の政治を行う時代になり、大変不安に思っています。

 孫のaoiちゃんの保育園に土曜日になるとお迎えに行っているのですが、7月に入ると、戦争のことを描いたお話が入り口のところに貼られています。その絵を指さして、aoiちゃんからお話を聞きました。地震津波の訓練もしばしば行われているようですが、戦争についてもきちんとお話がなされているようで、古い建物の保育園ではありますが、大切なことをきちんと教えてくださっているんだなあと思いました。

 さて、お盆も終わり、夏もいよいよ終盤に入ってきました。しばし、涼しい日が訪れるとはいえ、すぐにまた暑くなるのだそうです。

 このお盆、私のろっ骨はまたひびが入ったようです。痛い やっと明日からお医者さんが開くので、診てもらって来ようと思います。きっとまた全治6週間と言われそうです。OH!フラの秋の発表会が・・・

 京都はこのところ、「京の七夕」という行事があちこちでなされていました。そのせいか、きょう、友達と久しぶりにお昼を食べに行ったら、ホテルのロビーに七夕さん。

 海外の観光客さんが書かれた英語でのお願いごともつるされていました。


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 今年は、明日8月17日が、旧暦の7月7日にあたる日のようです。空気が澄んで、晴れていれば、天の川が美しく見えるところも多いはず。