京都deお散歩 54 ~南座 十月大歌舞伎~

 
 
                 南座 十月大歌舞伎
 
 
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 今回の十月大歌舞伎は、今まで観た歌舞伎の中で、一番満足感があり、とてもよかったです。
 
 顔見世は、たくさんの役者さんが出られるということもあり、休憩時間が短く、あわただしいのですが、今回は出演者が少ないので、だいたい準備に30分はかかるようで、のんびりひとつひとつを観ることができました。
 
 そして、今回のには、歌舞伎十八番「矢の根」というのがありました。
 
 こんな衣装です(今回は中村橋之助でしたが、これは、二代目市川團十郎
 
 
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 この顔、この衣装については、おもしろいのを見つけましたので、ご覧ください。
   
 
 
 荒事といって、とても勇ましい曽我兄弟の敵討を扱った演目です。
 
 この黒い衣装の柄は、蝶々なのです。蘇我兄弟の弟の五郎のシンボルマークが蝶々なのだそうで、衣装の柄も、そして、襷の結び方も蝶々結びなのです。
 
 襷の結び方が後ろ側なので見えないのが残念ですが、黒子さん二人がかりで、実に立派な蝶々結びを見せてくれるのです。
 
 でも、こんなに勇ましいのに蝶々とはえらいかわいいなあと思いますが・・・。
 
 とても貧しい暮らしの中で、仇討の機会を待っているのですが、貧しいにしてはえらい豪華な衣装でした。
 
 髪型がとてもおもしろいのです。車鬢とかいうらしいのですが、車エビのような鬢型ということなのだそうです。
 
 ほんとに車エビのしっぽみたいでした。
 
 いい初夢を見ようとして、縁起のいい絵をまくら代わりにしたものの下に敷いて寝るのですが、その時も勇ましく大の字になって寝るのです。でも、この頭では大の字になったら頭が乱れてしまうので、黒子の人が背中の下に入って、支えるのです。
 
 寝る時も、どしん!と大きな音を立てて勇ましく寝転びます。
 
 歌舞伎って、こういう大げさな誇張したしぐさや顔、衣装などがとてもおもしろいものだなあと思いました。今まで、あまりこういう荒々しいのより、玉三郎女形を観るのが楽しみでしたが、きょうは改めて荒事のおもしろさを目の当たりにしたという感じで、とてもおもしろかったです。
 
 さて、このあと、30分ほど休憩。お食事をして、携帯のカメラでちょっと写真を撮りました(上演中は撮れませんが、休憩時間はOK)。
 
            今回の席は、2階でした。能でもそうなのですが、
            案外2階の方が見やすいのです。
 
                 1階の桟敷席の真上でした。
 
                
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          天井の格天と照明器具が実はなかなか素敵なのです。
 
 
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                12月の顔見世のときには、
           1階のこの桟敷席に芸妓さんたちきれいどこが
           日をかえて並ばれます。            
          
 
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 さて、二つめは、人間国宝坂田藤十郎の新作。法然上人八百年大遠忌を記念して創作された『墨染念仏聖』。浄土宗の宗祖法然上人を描いた新作歌舞伎でした。
 
 法然上人が亡くなって一年目の法要が行われるところから話が始まるのですが、そこから法然上人に助けられた人たちの話へと展開していきます。
 
 熊谷次郎直実(橋之助)が、自分の息子と同い年ぐらいの絶世の美男子敦盛を手にかけざるをえないという、あの平家物語の有名なお話。須磨の海岸で戦ったとき、敦盛はお化粧をして、実に美しく、直実はハッとしてしまうというのが平家物語
 
 ところが、歌舞伎では、この敦盛、天皇家の落とし子だということで、殺してはいけないという命が義経から下り、やむなく、直実は、同い年の自分子を殺して、敦盛を殺したということにしたということになっているらしい。
 
 歌舞伎らしく、話はそういうことが前提で進みます。
 
 それで、わが子を手にかけざるをえなかった直実が、苦しみ、法然上人にすがるというふうになっていました。
 
 直実は、源平の戦いのあと、確かに法然上人のもとで出家したみたいです。というのは、うちの実家は法然上人のお寺である浄土宗の黒谷にお墓があって、帰り道に直実のお墓の前を通るのです。ああ、そうだったんだと思いました。
 
 また、神に仕え、斎宮になった天皇家のお姫さまで、生涯独身を通した人がいたそうですが、その女の人は、実は法然上人に恋心を抱いていたという話もありました。法然もやはり彼女の気持ちをよくわかっていたのだけど、ぐっと気持ちを抑えて、彼女から離れていくのです。
 
 法然がいろいろな人に念仏の教えを広めたために、都ではlこんなふうに法然を慕う人がたくさん出てきて、それを危険だと思われ、讃岐に流され、そこでもまた、法然が教えを広めたという話になっていました。
 
 そこでまた、30分ほど休憩。あちこち歩いてみました。
 
 
                 1階、入ったところの廊下
 
 
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        2階へ上がる階段が昔の小学校の階段みたいに石の手すり
 
 
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              あちこちに絵がかけられています。
 
 
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 さて、いよいよ三番目。これがまたとてもよかったのです。
 
 中国の清涼山の麓にある石橋で、狂言師の右近(翫雀)と左近(壱太郎)が、親獅子が仔獅子を千尋の谷に突き落とし、自力で這い上がってきた子だけを助けるという故事を踊ります。
 
 中村壱太郎(かずたろう)がすごくよかったのです。
 
 彼は、坂田藤十郎の孫で、翫雀の長男です。つまり、成駒屋の跡取りのプリンスです。父親と親子の役をしたのですが、この二人が実によかった。
 
 翫雀さんの踊りがとても貫禄があるのに、柔らかくて、流れるように美しいかったです。今まであまり踊りにはおもしろみを感じてこなかったのですが、フラダンスをしてからだいぶ観方が変わったなあと思いました。
 
 それに比べて、壱太郎さんの踊りは実に若々しい!これは若い人でないと踊れないなあというような実にいい踊りでした。
 
 獅子になって舞うのですが、最後の方では、白い長い立派な髪の毛と赤い立派な髪の毛を振り回して踊ります。それがまたすごかったです。ふたりの息もぴったりで、下手したら脳しんとうを起こしそうなぐらい頭を振り回してのたいへんな踊りでした。
 
 このお芝居は、狂言の舞台になっていて、途中、親獅子と子獅子が着替えをしている間、まさにこれって、狂言というようなおもしろいお芝居があるのです。
 
 浄土宗のお坊さんと日蓮宗のお坊さんが中国旅行をして一緒になってしまい、ふたりが宗派がちがうので、一緒に旅をするなんてとんでもない、とんでもないと大慌てをするという狂言でした。
 
 といったようなお話だったのですが、詳しくは、http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/2011/10/post_21-Highlight.html
 
 
 今回の歌舞伎、豪快でとてもよかったです。まるでお正月用かなと思うような演目が続きました。もう顔見世には行かなくていいなあというぐらい、豪華で豪快な歌舞伎でした。
 
 最後に、翫雀と壱太郎がとてもいい格好で並んで終わりになるのですが、これを観た時、ああ、これが日本という国の伝統芸能なんだとつくづく思いました。
 
 親子が親子を演じて、最後を飾るのですから。こんなこと、日本以外にはないのではないでしょうか。
 
 ただ、この二人、親子だけあって、崖からわが子を何度も何度も蹴り落とす親獅子の、父親としてのぐっとこらえたつらい思いが真に迫っていました。
 
 それと、もう登れないとあきらめかけていた子獅子が、水の底に、親が自分を案じて見ている姿を見出し、「お父さん!」と言わんばかりにものすごくうれしそうに崖をはいあがって、親獅子に抱きつくという踊りをした壱太郎。こちらもものすごく真に迫っていて、実の親子でここまでできるとは、とかえって驚いたぐらいでした。
 
 これが私たちとはまったくちがう、歌舞伎の世界なのだなあとつくづく思いました(私たちだったら、親子でこんなことできないのではないかなあ)。
 
 なにはともあれ、豪快なのは、実に気持ちがよかったです。それと、やはり、踊りはプロですねえ。指先まで神経が働いているなあと、翫雀さんの踊りに感心してしまいました。それと、壱太郎さんは、確かにホープだと思います。実に若々しく清々しい踊りでした。この二人の踊りは、いいものを観られたなあと思いました。
 
 私もフラダンスをこんなふうに踊れたらなあ・・・。