雑感 35 牛窓への旅 ① ~しおまち唐琴通りを歩く~

 
 
                  日本のエーゲ海
 
                 備前邑久(おく) 牛窓
 
 
 
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 昭和57年(1982年)、日本とギリシャとの間で、最初の国際友好都市縁組が牛窓町ギリシャのレスボス島のミティリニ市の間で調印。
 
 その時にこの地を訪れたミティリニ市の市長さんから、「この景色は、私の故郷ギリシャエーゲ海に似ている」と言われたとか。それで、日本のエーゲ海と言われているのだとか。タクシーの運転手さんいわく、です。
 
 
             似てるかな?
 
                こちらはほんもののエーゲ海
 
 
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              宿泊したホテルリマーニ
 
               リマーニとは、ギリシャ語で「港」
 
 
 
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 この日は、少し雲が出ていたのですが、牛窓は、日本の夕陽百選に選ばれた地。
 
雲がかかったりもしていましたが、ものすごくきれいなオレンジ色のまんまるい夕陽が次第次第に消えて行く様子はちょっと感動的でした。
 
 
 
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           これがネットに出ていた写真です。さすが
 
 
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 牛窓には、昔だったらきっととてもハイカラだったんだろうなと思われるような洋館がいくつも残っています。
 
 
                しおまち唐琴通り散策
 
 
         これは、旧警察署。今は、海遊文化館になっています。
 
 
 
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 牛窓は、江戸時代、朝鮮通信使がお江戸に行くまでに立ち寄った港町。
 
 朝鮮通信使は、こんな船で日本にやってきたそうな。
 
 
 
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 この船がもとになって、だんじり祭りだんじりがいくつも作られたようです。
 
 10月23日の日曜日が、だんじり祭りだそうです。
 
 
 
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          朝鮮通信使は、国書を運ぶのが大切な仕事。
 
 
 
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 牛窓に朝鮮からやってきた多くのお客さまたちは、この旧警察署のすぐ裏にある日蓮宗のお寺本蓮寺を宿にしたのだそうです。
 
 
                      本蓮寺
 
 
 
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               温暖な海辺のお寺らしい
 
 
 
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                 本堂は、重要文化財
 
           現在の本堂は、室町時代に再建されたそうです。
 
 
 
 
 
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        とても古めかしい、昔のまま残っているお寺の建物です。
 
        重文に指定されているだけあって、とても丁寧な造り。
 
 
 
 
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                  遠くからでも見える塔
 
 
 
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                  すぐ近くには、旧郵便局
 
               今では、カフェ 牛転(うしまろび)
 
              残念ながら、訪れた日は、お休みでした。
 
 
 
 
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 牛窓は、もともと、神功皇后三韓征伐の道中に、頭が八つもある大きな牛の怪物に襲われて、弓で射殺したのだけど、成仏できなかったその怪物「塵輪鬼(じんりんき)」が新羅から帰ってきた皇后を牛鬼となって再び襲ったのだとか。
 
 そのとき、住吉明神が牛鬼の角をつかんで投げ倒したということで、この場所を「牛転(うしまろび)」といって、それがなまって、牛窓となったのだと伝わっているそうです。
 
 カフェの名前は、その由来からきたもののようです。
 
 
 しおまち唐琴通りという美観地区を歩いていると、とても穏やかな海が見え、釣り糸を垂れている人たちがたくさんいました。
 
 のんびりした海を見ながら歩いていると、とてもきれいな小海老が干されていました。
 
 
 
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                お向かいの前島に行く船が出港。
 
 
 
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               前島の向こう側には、小豆島。
 
 
 
 
              (次回の牛窓への旅②は、「竹久夢二生家」です。)