京都deお散歩 26 ~東山・泉涌寺~

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 瞑想の窓。
 
 これは、泉涌寺の奥の方にある、雲林院という泉涌寺の別院の窓です。
 
 落ち着いた静かなお寺で、本堂では写経もさせてもらえます。半日ぐらいゆっくり夏の一日を過ごしてもいいかなあと思えるようなお寺でした。
 
 このお部屋で、抹茶の接待も受けることができます。
 
 泉涌寺といえば、楊貴妃観音。中国から持ち帰ったと言われている観音さまです。
 
 
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 このお堂に安置され、昭和31年からはいつでも公開されていますが、それまでは、100年に一度しか見せてもらえない秘仏だったそうです。
 
 玄宗皇帝と絶世の美女楊貴妃の物語は白楽天の「長恨歌」でも有名ですが、政治を顧みることなく、楊貴妃への愛におぼれてしまった皇帝は、安禄山の乱楊貴妃の命を落とされると、とても悲しみ、その供養のために、香木で観音像を作ったそうです。それを湛海というお坊さんが、1255年に中国から日本に持ち帰ってきたというわけですから、これはすごい観音さまです。
 
 お口元におひげのようなふにゃふにゃしたものが描かれているのですが、これはおひげではありません。慈悲深いお言葉をかけてくださっているということを表したものだそうです。
 
 お堂の中には、さすが~、美人のお札というのがありました。それと、縁結びのお札も置かれていました。
 
 そして、慈悲深いお言葉として、何でも縁によって起こるもの、苦しい思いは、執着や欲などの気持ちが縁になっているので、そういう縁を切らないといけないといったようなことが書かれていました。
 
 泉涌寺という字からもわかるように、お寺の一角からは清泉が湧いてきたので、この名がついたのだそうです。
 
 下の写真は、泉涌水屋形です。今では枯れてしまいそうな状態でしたが、水は、境内の地下へと流れていました。 
 
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 すぐ横に、清少納言の歌碑。古びていて、何と書いてあるのか、まったく読めません。
 
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 この泉涌寺のあたり、月輪山の麓になります。また、開山は、月輪大師。かつて、弘法さんがこのあたりに庵を結んだ跡地だそうです。
 
 すぐ近くに、月輪中学校。学校のチャイムがお寺の中にまで何度も聞こえていて、なかなか環境のいいところにある学校だなと思い、それもまた、なかなかいいものでした。
 
 お寺の境内はかなりの広さ。
 
 本堂
 
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 天皇家が来られるときには、お庭の見えるお堂(御座所)で接待されるようです。ふすまにはすべて絵が描かれていました。入口に近いところは唐絵。奥には大和絵。これは、宮中のふすま絵にならったものだそうです。
 
 また、境内の入口近くには、浴室もありました。どんな浴室か、見てみたいものですが、どうも非公開のようでした。残念。
 
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 次回は、同じく泉涌寺道にある今熊野観音寺をご紹介しましょう。