京都deお散歩 100 ~美福通りの秋景色~

 
                
 今年もいよいよあと1カ月半。クリスマスには、例年通りフラとタヒチアンダンスのイベントがあります。
 
 衣装は新調せず、以前着たものを着ることになりました。で、昨日、フラのドレスを引っ張り出して着てみたら、・・・!!!
 
 ファスナーが上がらない~!!
 
 太ったなあとは思っていたけど、ここまでだったとは・・・
 
 タヒチアンの衣装は着る勇気、なし。。。
 
 というわけで、きょうから1カ月かけて緊急ダイエット作戦開始。
 
 とりあえず、きょうの日曜日の朝は、私の近所のウォーキングコースである二条城周辺を、サウナスーツを着込んでしっかり早朝ウォーキングしてくることにしました。
 
 
 
               ~美福通りの秋景色~
 
 
 
 二条城周辺に沿って、堀川通りから少し西の通りに、美福通りという通りがあります。朝の8時過ぎ。いいお天気。朝日が当たる側の木々が紅葉し始めて、きれいに輝いていました。夜のウォーキングとはまったくちがった景色で、日曜日ならではの気持ちのいいウォーキングになりました。
 
 
 
               
             美福通り竹屋町近辺の紅葉
 
 
 
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 このあたりには、京都の歴史を感じさせるような中学校の建物がまだそのまま残っています。
 
 
 
                   二条中学校
 
 玄関のところにある南国を思わせる木は、当時はきっと新しい教育の象徴みたいな、すてきな雰囲気をかもしだしていたことだろうと思います。
 
 
 
 
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 このあたり、平安時代には政治の中心地で、式部省のあったところだそうです。
 
 朱雀高等学校という名前の学校もあります。
 
 
 
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 そして、この美福通りと二条通りの角っこ(二条中学、朱雀高等学校の横にあるグランドのところ)には、明治43年に作られた、京都初の映画撮影所「二条城撮影所」の跡地があります。
 
 
 
 
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 300坪ほどの敷地の一部に、幕を張って、絵で描いた景色を背景に、京都で初めての映画が作られたところだそうです。
 
 大正から昭和の初めまで映画撮影所はこの地にあり、牧野省三監督は、尾上松之助とコンビを組んで、「忠臣蔵」を初めて撮ったそうです。その後、京都で腕を上げて行き、牧野監督は、映画の父と呼ばれるようになったのだとか。
 
 このあたり、古い時代から京都の政治・文化の中心地だったようです。
 
 またすぐ近くには、二条城や神泉苑がありますが、もともと、このあたり、神泉苑が建てられていたところへ、豊臣秀吉が二条城の敷地を広げるために神泉苑の地を今のところへ移していったのだそうで、秀吉もこの地に目をつけたようでした。
 
 
 
 
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     青空を背景に、朝日を浴びながら二条城は輝いていました。
 
     夜のウォーキングでは、ライトアップされて輝いているのですが・・・。
 
 
 
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 二条城の生垣の赤い実は、冬に向かう京都の街を、温かくしてくれているようでした。
 
 
 
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 さて、きょうからのダイエット、平日のサウナスーツを着込んだ夜のウォーキング以外に、近所のスポーツクラブでのトレーニングもプラスするかどうか、目下思案中
 
 
 以前通っていたところがなくなって、今は別のスポーツクラブになっています。フラのステップの簡単レッスンなどもあるようです。ちょっと気になる・・・
 
 
 では、とりあえず、一ヶ月間のダイエット、スタート。成功しますように